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スピリチュアな探求者としての女性の利点

Advantage of Women as Spiritual Seekers 道教の理論では、肉体的および精神的な課題の扱いに関しては、男性は女性よりも弱いことがわかります。道教は、男性の体全体を陰、生殖器を陽と見ますし、女性は全体が陽、生殖器を陰と見ます。(*日本に入ってきた一部の易の考えではさらにその男性の精子を陰、女性の卵子を陽、と見る向きもある)したがって、女性には大きな内なる力があります。残念ながら、すべての古代文化では、道教を除き、女性がどのようにその精神を育てるかについての記録はほとんど見つかりません。女性は男性よりもサマーディを達成し、内部錬金術(*性命を内側から鍛錬する中国の伝統的修行体系)を実践する可能性が高いと考えています。ここでは相対的な言葉で話しています。多くの気功師は指導経験において、女性は男性よりも気を早く感じることができると言っています。 女性は、人生の苦痛を受け入れ、経験する強い「意志」を持って生まれます。これが前向きな自己の修養に置かれれば、精神的な努力に計り知れない結果をもたらす可能性があります。これは、男性が女性から学ばなければならないことです。それが陰陽互換性の理由です。 道教の師匠は道教の修養の4つの条件、富、教え、伴侶、場所について話しましたが、見つけるのが最も難しいのは、修養に適した伴侶です。正しいパートナーシップには、人生における正しい認識と意図の調整が必要です。だからこそ、この貴重な機会を得ることは容易ではありません。 女性とは、血液循環によるものが身体の規則となっています。これは、体内のメカニズムの一貫性が重要なことを意味します。女性にとって身体の一貫性を維持することは大きな課題です。これは、気分変動を引き起こすシステム全体のピークとトラフにつながります。血液に支配された体は、欲望を持つ体も意味します。これが、血液の色が「赤」である理由です。したがって、女性は自然に創造的であり、人生で追求する新しいアイデアや欲求を生み出します。この気分のアップダウンは、人生という波の中で「サーフィン」するのが難しいことでしょう。 一方、男性は気によって支配されています。 気が体内で強い場合、自然に組織に安定性をもたらします。その経路で血液をグラウンディングできるのは気です。男性が気分のアップダウンを頻繁に経験しないのはそのため...

良いヨガの練習とは

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  What is a good practice ? 練習の後に数日間、身体のどこかに痛みを感じているのであれば、それは身体の組織を過度に引っぱって傷ついてしまったのかもしれません。故に、特に優れた陰ヨガの練習というのは気功のアイデアを取り入れたもので、現在の身体の適切な範囲内で扱う必要があり、それ以上のものではないということです。練習は身体中のどこかをストレッチしているとは感じない範囲から始めるべきです。 以下は3つの主な陰ヨガの原則です。 1. グラウンディング - 下半身が重く、上半身は軽いか。これにより、組織は上から下に柔らかくなり、気は床に向かって接地していきます。グラウンディングはまた、地面反作用によって自然に起こる効率的な重力による牽引で機能することも意味します。 2.ホールディング - 何の抵抗も感じずにポーズを保っていて、無理なく自然にポーズに留まっていますか?このように、ポーズをとることは自然にその時間を長くします。アーサナを保持することは本質的に精力的で、組織をストレッチしたり抵抗したりすることではありません。最小限の努力で、どのようにしてその姿勢を保つことができるでしょうか。もっとも効率的に重力を下ろし、かつ適切な呼吸が最終的なポジションへと誘導します。実際、これが続くと、身体は時間の経過とともに空の容器の様になります。 3. リラクゼーション - これにはポーズを努力なしで手放して行うという感覚が必要です。実際、ポーズをとっていることを忘れてしまったように在り続けることができます。存在全体のリラクゼーションはアーサナの継続を維持するものであり、身体は抵抗しません。もしポーズを保持するために抵抗しなければならないならば、この状態を決して達成できないでしょう。リラックスは私たちの自然な状態(Sahajaswatha)です。混乱やもつれのない本当の内なる性質です。私たちがポーズの中で時間を超えて達成しようとしているのは、自身の存在の中でリラクゼーション、その本質を尊守することです。

光の路

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Light Path もしあなたが行なっていることがヨガだと思っていて、もしそれが一時的に練習するものであったり、習いたい時だけ習うものだったりすれば、それはかつての歴史の中で受け継がれてきたヨガとは違うもののようです。 時代は何処へ向かって行くのか、風の時代などと自由が謳われていますが、そんなものは無責任に混沌とした時代を揶揄するだけで真意が抜け落ちているようです。自由とは個人の半径3メートルの居心地の良さやエゴを言うものではなく、本気で命を賭けて勝ち取りに行くものです。 真の自由とは大いなる責任が伴います。 歴史の中でヨガとは常に師の下で、良い時も悪い時も日々繰り返し行うルーティン(という修行)だったようです。それは厳しくも、大いなる光に包まれて安心して自己を捧げる行為です。 したがってそこには自分の好みで師を選んだり、日によってルーティンが変わるということもなく、本当は師の方があなたを弟子に選ぶのです。 あなたは選ばれて初めて光を知ることになります。 その光こそが、暗闇を照らす道標であり、闇の中にいる自分自身がかつて光そのものであったという起源に再び戻るための道です。

陰の言葉の意味

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The Deeper Meaning of Yin 陰は深く、広い意味を持つ言葉です。本当に陰ヨガを理解したいと思えば、私たちは最初に「陰」という言葉の意味を理解する必要があります。中国の教えでは陰は地で、陽は天と言いますが、その意味は何でしょう。それは私たちが熟考するためのシンボルです。大地は広がっており、一か所に立ちその先を超えて見てみますが、大地の終わりがどこにあるかはわかりません。この広いオープンスペースは、地の素質です。地はすべて、すべての生命、生物と非生物を保持しています。昆虫、動物、鳥、植物、人間だけでなく、山、川、海が...すべてが地でサポートされています。地がなければ、この命のためのサポートはなにもありません。 天は生命の供給者で、それは命を与えるものです。そして水の源であるため、天は生命の源です。また、太陽の光と熱の源です。光、熱、水はすべての生命の基礎です。これら三つの組み合わせがなければ、命は継続することはできません。 陰ヨガは、体をより柔軟にすることではなく「スペースを大きく開く」ことです。それは身体の中で開発されますが、しかしそれはマインドのことではなく実質的な肉体の中で起こることです。 私たちは身体、感情、心の中に地の要素を探す必要が有ります。陰は統合し、蓄えられたエネルギーの力です。それができるようになったとき、心は自然に静かになります。瞑想は何の努力も必要としません。 陰ヨガでポーズを取ること、それはアーサナの中に均一性を保つことです。それはストレッチの中での均一性、呼吸の中での均一性、心の中での均一性です。私たちは、身体と呼吸の両方により多くのスペースを作るために、呼気に集中します。その見返りに、我々はより深く息を吸うことが出来ます。呼気はまたマインドを手放す訓練です。したがって、呼気は陰です。吸気は陽です。 陰のアーサナは、柔らかくいることではありません。柔らかさというのは、陰の一つの素質でしかありません。陰とはまた、固く、しっかり安定して密集することです。何かがより強固になるというのは陰の素質に起因しています。多くの人が陰ヨガをリラックスできて、女性的で、ソフトで、穏やかで...と説明しますが、これらは陰の完全な見識ではありません。陰は統一すること、根拠的なパワーを保存すること、保持すること、サポートを提供する...

陰ヨガとは

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  Yin Yoga for Life Science 陰ヨガは性命に関する研究です。それは性命がどのように始まり、持続し、進化するかに関する科学です。性命は変化と進化の連続体です。ヨーガとは死を超えて死のない状態を達成しようとしているもので、道教はこれを不滅と呼びます。それは死を超えた宏大な存在です。 悟り、涅槃、究極の解放として見ることができます。ここで重要なことは、私たちの肉体の現れは未知の見えない力によるもので、性命は肉体を超えているということです。インドではそれをプラーナと呼んでおり、中国では気、または単にエネルギーと呼んでいます。この原始的な形のエネルギーは、宇宙全体をもたらすものです。それは割り切れないひとつの状態、太極と呼ばれる状態にあります。それは未完成であり、名前や形はありません。これが道と呼ばれるものです。これは、すべての精神的な修行者たちが熱心に見習おうとする人の本来の状態です。インドのハタヨギや中国の道士などスピリチュアルな修行に取り組むすべての人々が、この本来の状態に戻る方法を研究しています。 中国のヨギの場合、修行は『性』と『命』に分かれています。 性は人間の本性を示しており、孔子は、『人間の始まりは善(健全な善良さ)である』と言っています。この理解は、人間がすべての善を求める高次の呼びかけに発展する可能性を請け負っています。人間だけが知的な存在を追求する為に自己を犠牲にするでしょう。他の生き物はこのような性質を持っていません。性の発展は心の本質に関する哲学の塾考を通してなさなければなりません。それを瞑想と呼ぶことも出来ます。命の発展は、食生活、医学、身体的な運動によってなさなければなりません。 従って道教での見方による完全なる人間の潜在能力の発展はふたつのパートの実践にあります。ひとつの陰とひとつの陽です。外面的には持続している生命からより多くの時間を得て、内面的にはより進化した状態を達成します。 これが完了したのが『仙人』また『真人』の状態です。仙人はすべてを見ることができ、人生の明快さと光明さを知っている人です。彼はすべての性質を知っており、すべてが彼の支配の中にあります。これはヨーガの真のマスターを表しています。 陰ヨガは、このような道教の哲学、そして気功と太極拳のムーブメントに基づき身体理論を展開し...